こんな方におすすめ
- 派手な観光資源がなくても、価値の伝え方を探している人
- 「観光地化しすぎない日本」を武器にしたい地域プレイヤー
- インバウンドで量より質を狙いたい地方事業者・自治体
日本旅行は今も人気ですが、
人の多さや行列、予定に縛られる観光に
疲れを感じる外国人も増えています。
そうした人たちが次に求めているのは、
「何もしなくていい日本」「静かに過ごせる旅」です。
山口県には、観光地として作られすぎていない、
説明しなくても成立する日本の日常が残っています。
この記事では、その理由を整理します。
外国人が日本旅行で疲れている「3つのポイント」
日本を訪れる外国人観光客は年々増え続けていますが、その一方で「日本旅行に疲れた」という声も確実に増えています。これは日本そのものが嫌われているわけではなく、「観光の仕方」が限界に近づいていることを意味しています。特に顕著なのが、①人の多さ、②行列と予約、③写真前提の観光、という三つの疲労要因です。
東京・京都・大阪といった主要観光地では、どこへ行っても人が多く、静かに過ごせる場所がほとんどありません。飲食店も観光施設も、事前予約がなければ入れないことが珍しくなく、旅の自由度は年々下がっています。さらに、SNS時代の観光は「写真を撮るために行く」行動が中心になりがちで、常にカメラを意識し、時間に追われる旅になってしまいます。
こうした状況に疲れた外国人が、次に求め始めているのが「何も起きない日本」「予定を詰め込まなくていい旅」です。ここで強みを発揮するのが山口県です。山口県には、行列が常態化している観光地がほぼありません。人気店であっても、極端な待ち時間が発生することは稀で、予定通りに行動できる安心感があります。
また、山口県では「観光しなければならない」という圧力がありません。移動の途中に立ち寄った場所が、そのまま体験になる。写真を撮らなくても成立する時間が流れている。この“何もしなくていい感覚”こそが、日本旅行に疲れた外国人にとって、強烈な癒しとして刺さっているのです。
山口県は「説明しなくても成立する日本」が残っている
多くの観光地では、外国人向けに英語表記や説明文が大量に用意されています。それ自体は親切なのですが、裏を返せば「説明がなければ成立しない観光」になっているとも言えます。見どころ、撮影ポイント、回り方、すべてが定義されすぎているのです。
一方で山口県には、「説明されなくても理解できる日本」が今も残っています。例えば、朝の漁港、昼下がりの商店街、ローカル線の駅で電車を待つ時間。これらは観光資源として派手に打ち出されていませんが、日本の日常そのものとして、外国人には非常に新鮮に映ります。
重要なのは、ここに“演出感”がないことです。観光客向けに作られた体験ではなく、地元の人が普通に暮らしている空間に、たまたま外国人が入り込む。この構図が、結果としてリアルな日本体験になります。説明を受けなくても、「あ、日本ってこういう国なんだ」と自然に理解できるのです。
また、山口県の人との距離感も絶妙です。過剰に話しかけられることもなく、完全に無関心でもない。必要なときには助けてくれるが、干渉しすぎない。この距離感は、特に欧米系の旅行者にとって非常に心地よく、「居心地の良さ」として強く印象に残ります。
説明しなくても成立する場所は、実は世界的に見ると非常に貴重です。だからこそ山口県は、観光地として主張しすぎないにもかかわらず、深く記憶に残る県になっているのです。
外国人富裕層・大人層に刺さる「静けさ」と「余白」
近年、日本を訪れる外国人の中でも特に注目すべきなのが、富裕層や大人層の動きです。彼らは「有名かどうか」よりも、「落ち着けるかどうか」を重視します。高級ホテルに泊まり、高級レストランに行くこと自体が目的なのではなく、心と時間の余裕を取り戻すことが旅の目的になっています。
この層にとって、最大の価値は「静けさ」です。騒音が少ない、視界が落ち着いている、人が急いでいない。山口県は、この条件を自然な形で満たしています。観光地であっても、どこか生活の延長線上にあり、無理に盛り上げようとしない空気があります。
さらに重要なのが「余白」です。スケジュールに余裕があり、何をしてもいいし、何もしなくてもいい。この余白があるからこそ、旅先で考え事をしたり、景色を眺めたり、自分自身と向き合う時間が生まれます。都市型観光では、こうした余白はほとんど存在しません。
京都や東京は確かに美しいですが、情報量が多すぎて疲れてしまうこともあります。その点、山口県は刺激が少ない分、感覚が研ぎ澄まされる。「贅沢=静けさ」という価値観を持つ人にとって、これ以上ない環境が整っているのです。
ストーリーで語れる土地は、SNSより“記憶”に残る
派手な観光地は、写真には残りやすいですが、記憶には意外と残りません。一方で、ストーリーを伴う体験は、写真がなくても鮮明に思い出されます。山口県は、まさにこの「語れる体験」が生まれやすい土地です。
山口県には、誰もが知っているランドマークが少ない分、「なぜこの町はこんなに静かなのか」「なぜ人が急いでいないのか」といった疑問が自然に生まれます。そして、その答えを地元の人との会話や、土地の空気から感じ取っていくプロセスそのものが、旅のストーリーになります。
外国人が帰国後に語るのは、「〇〇を見た」ではなく、「〇〇でこんな時間を過ごした」という話です。山口県は、その“時間の話”がしやすい場所です。特別なイベントがなくても、一日が穏やかに終わったこと自体が、印象的なエピソードになるのです。
SNS映えを狙った観光ではなく、記憶に残る観光。山口県は、まさにその対極にあり、だからこそ「また行きたい」「人に勧めたい」という気持ちを生みやすいのです。
山口県は「日本を2回目以上訪れる外国人」に最適
山口県が特に強みを発揮するのは、日本を初めて訪れる外国人ではなく、2回目、3回目の訪日客です。初来日の人は、どうしても東京や京都といった定番を選びます。しかし、一度それらを経験した人は、「次は違う日本を見たい」と考え始めます。
この段階で求められるのが、「観光地として完成しすぎていない日本」です。山口県は、まさにこの条件に当てはまります。観光客向けに最適化されすぎていないからこそ、自分なりの日本の見方を発見できる余地があります。
また、日本理解がある程度進んでいる人ほど、派手さよりも背景や文脈に興味を持ちます。山口県は、歴史・自然・生活が過剰に分離されておらず、一つの流れとして感じられる土地です。そのため、「分かった人が選ぶ県」という位置づけが自然に成立します。
山口県は万人向けではありません。しかし、ターゲットを正しく設定すれば、非常に強く刺さる県です。特に「日本をもう一段深く知りたい外国人」にとって、山口県は理想的な次の一手となるのです。
まとめ
山口県の価値は、派手さではありません。
行列が少なく、時間に追われず、
日常そのものが体験になることです。
特に日本を2回目以上訪れる外国人や、
静けさや余白を重視する大人層にとって、
山口県は「分かる人が選ぶ日本」になりつつあります。
観光地化しすぎないことが、
これからのインバウンドにおける
山口県の最大の強みです。