つれづれ日記

オーバーツーリズムの本当の問題は誰なのか? 〜観光地で働いて見えた現実〜

こんな方におすすめ

  • 観光地で外国人観光客の対応に悩んでいる方
  • 観光ビジネスで“モラルある客層”にフォーカスしたい方
  • 自治体や観光事業者としてルール作りを考えている方

はじめに:オーバーツーリズムを語る前に

「オーバーツーリズム」という言葉が広く認知されるようになった背景には、訪日外国人観光客の急増があります。観光名所が混雑し、地域の生活環境に悪影響を及ぼす現象が問題視され、SNSやメディアでは「外国人観光客のマナーが悪い」といった批判も目立ちます。しかし、その批判の中には、感情的な反応や偏見が混ざっていることも否定できません。果たして、本当に「観光客の質」がすべての原因なのでしょうか?

本稿では、「観光客のマナー」や「民度の問題」という単純な構図では捉えきれない、観光地における問題の本質を探ります。筆者は観光地での実務経験を通して、日常的に起こるトラブルの多くが、「仕組みの不備」や「情報の伝達不足」によるものだと実感しました。また、外国人観光客だけをやり玉に挙げる前に、自国の観光客のふるまいについても省みるべき点が多々あると感じています。

本記事では、観光の現場から見えたリアルな課題、そしてどのような観光政策や社会のあり方が必要かを具体的に提案していきます。その出発点として、「誰を責めるか」ではなく、「どう改善できるか」という建設的な視点を持つことが大切だと考えています。

外国人観光客のマナー、本当にひどいのか?

「外国人観光客のマナーが悪い」という意見は、SNSやニュースなどで頻繁に見かけます。電車内で大声で話す、ごみをポイ捨てする、ルールを守らない——確かにそういった事例が存在するのも事実です。しかし、それが本当に「マナーの悪さ」だけに起因するものなのか、疑問に思うことがあります。

例えば、日本の公共交通機関では「静かにすること」が暗黙のルールですが、海外では「話すことが当たり前」という文化もあります。また、ゴミの分別や持ち帰りといった日本特有のマナーを、初めて訪れた人がすぐに理解できるでしょうか?多言語での案内が不十分であるケースも多く、「知らなかったから違反した」という状況も少なくありません。

つまり、「マナーが悪い」と一方的に非難する前に、「その行動がなぜ起きたのか」を冷静に分析することが必要です。背景にある文化や情報の非対称性を理解せずに、感情的に排除するような風潮は、観光地としての成熟度を下げる要因にもなり得ます。

本当の問題は“仕組みのなさ”と“伝えなさ”

外国人観光客の行動がトラブルに繋がる場合、その多くは「仕組みがなかった」「ルールが伝わっていなかった」ことが原因です。例えば、ある観光地では「立ち入り禁止」の標識が日本語しか書かれておらず、観光客が中に入ってしまったという事例がありました。これは観光客の悪意ではなく、明らかに情報提供の不備です。

観光地には、外国人観光客にとって初めての体験や文化が多くあります。そのため、「言われなくてもわかるだろう」という前提では通用しません。必要なのは、「伝える努力」と「誤解を生まない設計」です。ピクトグラムや多言語対応の案内表示、QRコードによる音声ガイドなど、既存の技術を使えば、情報提供の精度は大きく向上させることができます。

また、観光地で働くスタッフへの教育も重要です。トラブルが起きたときに丁寧に説明できる体制があるかどうかで、観光客の印象は大きく変わります。つまり、観光地として「伝える覚悟」と「仕組みを整える覚悟」があるかどうかが問われているのです。

観光地で働いた筆者のリアルな体験談

筆者は地方の観光地で3年間働いた経験があります。飲食店、案内所、土産物屋など、多くの場面で外国人観光客と接してきました。その中で印象的だったのは、「ほとんどの観光客は悪意を持っていない」ということです。

例えば、店内に土足で入ってきた観光客がいました。最初は戸惑いましたが、英語で「ここは靴を脱ぐ文化がある」と説明すると、すぐに納得して対応してくれました。「知らなかっただけ」で済むことも、放置すれば「マナー違反」として非難される。つまり、トラブルの原因は「無知」や「文化的なギャップ」であることが多く、こちらが冷静に対処することで解決できるケースも多いのです。

一方で、日本人観光客によるトラブルも少なくありませんでした。行列を無視して割り込む人、スタッフに対して横柄な態度をとる人、ゴミをその辺に放置する人。こうした行為が目立つのは、決して外国人だけではないのです。だからこそ、「外国人観光客のマナーが悪い」という言い方には違和感があります。

具体的な内容としては、ドアのレールが軽いこともあり力任せに締めると「ガンッ」と大きな音がしてきちんと閉まらないので、優しく閉めてくださいという表示の張り紙をしていても守る人はほとんどいませんでした。注意書きを読めない日本人ってこんなにいるんだと唖然とした記憶があります。外国人と変わらんな、この観光客はと本気で悪意を感じたのを覚えています。それ以外にも備え付きの畳に好き勝手に座り勝手にテレビを付けたり本当にモラルが低い日本人を何度も見てきました。心から情けないなぁと感じたのを覚えています。

「自分たちの民度」を棚に上げていないか?

外国人観光客を非難する風潮には、「自分たちはマナーが良い」という無意識の前提があります。しかし、実際には日本人観光客によるマナー違反も日常的に発生しています。喫煙所以外でタバコを吸う、大声で話す、施設のルールを守らない。そういった行動は、日本人であっても珍しくありません。

特に「観光客」という立場になると、人は無意識に「客の顔」をしてしまいがちです。「お金を払っているから」「観光地はサービスされて当然」といった意識が、マナーの低下に繋がるケースもあります。そうした心理は国籍に関係なく働くものであり、「民度の差」という表現では済まされません。

むしろ、自国の観光客に対しても、観光地のルールやマナーをきちんと伝える必要があります。「知らないまま、迷惑をかける」構造を改善することが、持続可能な観光の第一歩となるのです。

まとめ:ターゲットは“モラルのある外国人”

筆者が考える観光の理想像は、「地域と観光客が互いに尊重し合える関係」です。その実現のためには、観光地として「すべての観光客を無条件に歓迎する」のではなく、「地域のルールを理解し、尊重できる観光客」に絞って受け入れるという選択肢もあってよいと考えます。

これは決して排除の論理ではありません。「モラルのある観光客」とは、文化の違いを理解しようと努め、地域に敬意を払う姿勢を持つ人たちのことです。そうした観光客となら、トラブルは少なく、むしろ交流が新たな価値を生む可能性もあります。

そして、その「モラル」を育てるのもまた、観光地の役割です。多言語でルールを周知し、違反があれば注意し、理解してもらう。その積み重ねが、信頼関係を生み出します。

つまり、「マナーが悪いから観光客はいらない」と結論づけるのではなく、「どうすればモラルある観光客を増やせるか」を考えるべきなのです。その先にあるのは、観光によって地域も観光客も幸せになれる、持続可能な未来です。

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