つれづれ日記 地方創生

山口県に古代の女性権力者がいた?神花山古墳を訪ねてみる。

こんな方におすすめ

  • 古墳や古代史が好きな人
  • 有名観光地ではない山口県を旅したい人
  • 「なぜここに古墳があるのか」を考える旅行が好きな人

古墳と聞くと、そこに埋葬されているのは男性の豪族や武人だと思っていないでしょうか。

山口県平生町には、そのイメージを少し変えてくれる古墳があります。

神花山古墳です。

神花山古墳は、平生湾に面した標高約39mの丘に築かれた前方後円墳です。

全長は約30m。

築造時期は5世紀前半と推定されています。

 

そして、この古墳が特に注目される理由があります。

石棺の中から発見された人骨が、後の鑑定によって女性と判断されたことです。

現在、平生町はその人物をもとにした復元像を制作し、町内には高さ約10mの「古代女王像」も立っています。

ただし、

「本当に女王だった」

と考古学的に断定されたわけではありません。

一方で、神花山古墳はこの地域における首長墓の変遷を知る重要な古墳とされており、女性が有力な立場にあった可能性を考える

非常に興味深い資料です。

今回は、山口県の小さな町に残る一基の古墳から、約1600年前の女性と地域社会を考えてみます。

 

1.高射砲陣地を造っていたら古墳が出てきた|神花山古墳発見の意外な経緯

神花山古墳の歴史を知ると、まず発見の経緯に驚きます。

発見されたのは1944年ごろ。

第二次世界大戦中です。

当時、神花山周辺は海軍の軍用地でした。

山頂に高射砲陣地を建設するため造成工事をしていたところ、石棺が発見されました。

つまり、

「古墳を探そう」

として発見されたわけではありません。

戦争のため山を掘っていたら、約1500年前につくられた墓が現れたのです。

石棺内部には、ほぼ全身の人骨が納められていました。

当初は男性と考えられていました。

しかしその後、保存されていた頭骨を専門家が鑑定し、女性のものであると判断されました。

平生町の公式説明では、1987年に長崎大学医学部の松下教授が鑑定し、女性と判明したとされています。

この発見だけでも非常にドラマがあります。

 

戦争。

古墳。

人骨。

そして、男性だと思われていた人物が女性だった。

一つの丘に、異なる時代の歴史が何層にも重なっています。

古墳そのものは造成によって一部が損傷しました。

それでも後円部付近には葺石が残るなど、現在も古墳の形をうかがうことができます。

この経緯を知らずに訪れると、

「小さめの前方後円墳だな」

で終わるかもしれません。

 

しかし、

戦時中の工事で偶然見つかった。

中に人骨が残っていた。

後の研究で女性だと分かった。

という流れを知ったうえで登ると、見え方が変わります。

史跡旅行の面白さはここにあります。

建物が豪華だから面白いのではありません。

その場所で何が起こったのかを知ることで、ただの丘が歴史の舞台へ変わる。

神花山古墳は、その典型的な場所です。

2.なぜ「女性権力者」と考えられる?前方後円墳そのものが重要な手掛かり

女性の人骨が発見されたからといって、その女性が自動的に「女王」になるわけではありません。

ここは慎重に考える必要があります。

神花山古墳について確実に言えるのは、

5世紀前半に造られたと推定される前方後円墳であること。

そして石棺から女性人骨が見つかったことです。

重要なのは、墓の形式です。

前方後円墳は、誰でも自由に造れる一般的なお墓ではありませんでした。

地域の有力者層と深く関係する墓制です。

山口県文化財データベースは、神花山古墳について、熊毛地域で相次いで造られた古墳群の一つであり、

この地域における「首長墓の変遷」を知るうえで重要な資料だと説明しています。

つまり、

そこに埋葬された人物が女性だった。

という事実は非常に興味深い意味を持ちます。

少なくとも、

「古墳時代の政治的・社会的に重要な墓には男性だけが埋葬された」

という単純なイメージでは説明できません。

 

平生町は町の歴史紹介の中で、この人物を地域を治めた「若き女王」として紹介しています。

ただし、この「女王」という表現は考古学的に身分証明書が見つかったという意味ではありません。

文字史料で名前や役職が確認されているわけでもありません。

だから記事を読む際には、

「女王だったことが証明された」

ではなく、

「地域の有力者の墓と考えられる前方後円墳に女性が葬られていた」

と理解する方が正確です。

そこから、

どんな役割の女性だったのか。

政治的な立場だったのか。

祭祀を担ったのか。

血縁関係によって地位を持ったのか。

さまざまな可能性を考えることができます。

 

答えが完全には分からない。

だから面白いのです。

古代史には、分からないことが大量に残っています。

神花山古墳を訪れる価値も、

「女王の正体を知る」

ことより、

「なぜ、この女性はこの規模の墓へ葬られたのだろう」

と考えるところにあります。

3.神花山だけでは分からない|平生周辺には有力者の古墳が集中している

神花山古墳を一基だけ見ても、なぜここに古墳が造られたのかは分かりにくいかもしれません。

そこで周辺地域へ視野を広げます。

山口県東部の熊毛地域には、神花山古墳だけでなく、

茶臼山古墳。

白鳥古墳。

阿多田古墳。

など、重要な古墳が残っています。

山口県は、これらが相次いで造られたとみており、神花山古墳を地域の首長墓の変化を考える重要な資料と位置づけています。

 

ここで注目したいのが立地です。

神花山は平生湾に近い場所にあります。

現在は道路や自動車を中心に場所を考えますが、古代は違います。

大量の人や物を運ぶうえで、海は重要な交通路でした。

平生町も、古代には海路を通じて各地との交流があったことを紹介しています。

地域の遺跡からは、九州や関西、中国大陸との交流をうかがわせる資料も確認されています。

つまり古墳を見るときに、

「なぜこんな田舎に大きな墓があるのだろう」

と考えるのではなく、

当時の交通地図を想像する必要があります。

海から見ると、現在とは地域の重要度が違って見えるからです。

瀬戸内海を通る。

九州方面へ向かう。

畿内方面とつながる。

大陸との交流につながる。

こうしたネットワークの中で、有力者たちが力を持っていた可能性があります。

 

そしてその一人が女性だった。

そう考えると神花山古墳は、

単なる「珍しい女性の墓」ではなくなります。

瀬戸内海沿岸で形成された古代社会の一場面

として見えてきます。

周辺には白鳥古墳など、より規模の大きな古墳もあります。

神花山だけを単独で訪れる方法もありますが、古墳をいくつか続けて見ると、地域の勢力図を想像しやすくなります。

観光地を点で見るのではありません。

古墳を線でつなぐ。

すると約1600年前の山口県東部が、少しずつ立体的になってきます。

4.「古代女王像」は考古学そのものではない|だからこそ面白い

神花山古墳へ行くと、非常に目立つものがあります。

高さ約10mの古代女王像です。

遺骨をもとに制作された復元像を参考に建立され、現在は神花山古墳を象徴する存在になっています。

ただし、ここで一つ区別しておきたいことがあります。

女王像そのものが、古墳時代から残っているわけではありません。

当然です。

現代につくられたものです。

そして、

衣装。

表情。

姿勢。

「女王」というイメージ。

そこには現代の復元や解釈が含まれています。

だからこそ面白いとも言えます。

歴史観光では、

本物か偽物か。

だけで判断しがちです。

 

しかし復元像を見ると、

現代人が古代の人物をどのように想像しているのか

が分かります。

そして、そこから逆に考えてみます。

実際の彼女はどんな人だったのか。

豪華な服を着ていたのか。

人前に立つ人物だったのか。

祭祀を担当したのか。

家族はいたのか。

何歳まで生きたのか。

何を食べたのか。

どんな言葉を話していたのか。

残念ながら、すべてを知ることはできません。

しかし頭骨が残ったことで、少なくともその人が「実在した女性」だったことは分かります。

ここがフィクションとは決定的に違います。

古代の女王像を見て終わるのではありません。

 

像を見る。

古墳を見る。

平生湾を見る。

そのうえで、

「約1600年前、この場所に本当に一人の女性がいた」

と考える。

すると巨大な像より、むしろ見えない本人の方が気になってきます。

史跡旅行としては、それが一番面白い状態だと思います。

5.神花山古墳は「女性史×古墳×瀬戸内海」で見ると面白い

神花山古墳は、巨大な観光施設ではありません。

そのため、

「ここだけを見るために遠くから行く価値があるのか」

と思う人もいるかもしれません。

ですが、旅行テーマを決めると価値が変わります。

おすすめなのが、

女性史、古墳、瀬戸内海

という3つの視点です。

まず女性史。

文字史料が少ない時代なので、古代の女性が社会でどのような役割を担っていたのかは簡単には分かりません。

 

だからこそ、有力者層の墓と考えられる古墳に女性が葬られていた事実には意味があります。

次に古墳。

神花山だけでなく、熊毛地域には複数の重要古墳があります。

一基だけでは見えない首長層の変化を、複数の古墳を通して見ることができます。

そして海です。

神花山の古墳からは平生湾を望むことができます。

山口県公式観光サイトも、古墳から海を間近に見られる景観を紹介しています。

景色を見るためだけなら、もっと高い展望台があります。

しかし神花山で見る海には歴史があります。

この海を船が移動した。

物が運ばれた。

人が移動した。

そして、その交通を背景に地域の有力者が存在した。

そう考えると、海そのものが展示物になります。

 

車で通り過ぎれば数分の場所でも、歴史を知って歩けば1時間楽しめます。

これがニッチな山口旅行の面白さです。

神花山古墳は、

「巨大な女王像を見る場所」

だけではありません。

古代社会で女性がどのような力を持ち得たのかを考える場所。

そんな視点で訪れてみてください。

まとめ|名前さえ残っていない女性が、1600年後も山口県の歴史を語っている

神花山古墳の女性について、私たちは名前を知りません。

どんな性格だったのかも分かりません。

本当に「女王」と呼ばれる立場だったのかも断定できません。

しかし、その人物が重要な墓へ葬られたことは残りました。

そして約1600年後。

骨が研究され。

復元像が作られ。

古墳が保存され。

今も多くの人が彼女について考えています。

歴史とは、有名人だけのものではありません。

名前さえ残らなかった一人の女性が、山口県の古代社会を考える大きな手掛かりになっています。

神花山古墳では、

「誰だったのか分からないからこそ想像する旅」

を楽しんでみてください。

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